旅のテーマ

日本三名泉とは

草津・下呂・有馬。室町の禅僧が詩に書きつけ、江戸の儒学者が並べて称えた三つの湯である。強酸性、アルカリ性、鉄と塩の赤い湯と、泉質は驚くほど違う。

日本三名泉は、群馬県の草津温泉、岐阜県の下呂温泉、兵庫県の有馬温泉の三か所を指す。室町時代の禅僧・万里集九が詩文集『梅花無尽蔵』(1502年成立)で三湯を挙げ、江戸時代前期の儒学者・林羅山も漢詩文のなかで同じ三湯を並べたことから、この呼び名が定着した。いずれも古くからの湯治場で、現在も温泉街として旅館・外湯が集まっている。

日本三名泉 一覧(北から南へ)

温泉地名 所在地 見どころ
草津温泉 群馬県草津町 標高1100〜1200mの高原に湧く強酸性の湯。自然湧出量は毎分32,300リットル以上と国内最大級で、温泉街の中心にある湯畑では、木の樋を渡らせて冷ました湯が最後に滝となって落ちる。木の板で湯をかき混ぜる湯もみも名物。
下呂温泉 岐阜県下呂市 飛騨川の谷あいに旅館が立ち並ぶ温泉地。源泉は84度と高温ながら、湯はpH9を超えるアルカリ性単純温泉でとろりとなめらか。川の両岸に宿が分かれ、橋の上からは対岸の灯が水面に伸びるのが見える。
有馬温泉 兵庫県神戸市 六甲山地の北側、標高350〜500mの谷あいに開けた古湯。鉄分と塩分を含み空気に触れて赤褐色に変わる「金泉」と、炭酸やラジウムを含む無色の「銀泉」の二種が湧く。631年に舒明天皇が滞在したと『日本書紀』に記される。

三名泉と呼ばれる由来

最初にこの三湯を並べたのは、室町時代の禅僧・万里集九である。諸国を旅した集九は詩文集『梅花無尽蔵』(1502年成立)のなかで、有馬・草津・下呂を優れた湯として書き残した。その後、江戸幕府に仕えた儒学者・林羅山が漢詩文で同じ三湯を挙げ、そこから「三名泉」の呼び名が広く知られるようになった。

江戸時代に流行した温泉番付でも、草津は東の最高位である東大関、有馬は西大関に据えられるのが常だった。文人の評価と庶民の番付という別の物差しが、同じ湯を上位に置いていたことになる。

三湯の泉質の違い

三名泉の湯は、性質がほとんど正反対に振れている。草津はpH1〜2台の強酸性、下呂はpH9を超えるアルカリ性、有馬の金泉は鉄分と塩分を多く含む含鉄ナトリウム塩化物泉である。

見た目と手ざわりの違いもはっきりしている。草津の湯は酸のにおいが立ち、下呂の湯は肌の上をすべるようになめらか、有馬の金泉は湧き出た直後こそ透明でも、空気に触れると赤褐色に濁ってタオルまで染める。同じ「名泉」でも入り比べると別物と分かるのが、この三湯をめぐる面白さである。

めぐり方のヒント

三か所は群馬・岐阜・兵庫に散らばっており、まとめて回る旅は組みにくい。その地方を訪れる旅に1か所ずつ組み込むのが現実的である。草津温泉はJR吾妻線の長野原草津口駅からJRバスで、または東京駅・新宿から直通の高速バスで向かう。下呂温泉はJR高山本線の下呂駅が最寄りで、名古屋・高山方面からの特急が停まる。温泉街は飛騨川を挟んだ対岸にあり、下呂大橋を渡って歩いて入れる。

三湯のなかで最も気軽に立ち寄れるのは有馬温泉である。神戸市街から電車やバスで行き来でき、外湯の金の湯・銀の湯で金泉と銀泉を入り比べれば日帰りでも成立する。草津と下呂は温泉街そのものを歩く時間が要るので、一泊して夜と朝の湯を両方味わいたい。草津は町内の共同浴場が無料で開放されており、宿の湯とは別に湯めぐりを重ねられる。

よくある質問

Q. 日本三名泉には別の説があるのか。

草津・下呂・有馬とは別に、『枕草子』の記述をもとにした有馬温泉・玉造温泉(島根県)・榊原温泉(三重県)を三名泉とする説がある。現在一般に日本三名泉と呼ばれるのは、万里集九と林羅山に由来する草津・下呂・有馬のほうである。

Q. 有馬温泉は日本三古湯でもあるのか。

有馬温泉は『日本書紀』に舒明天皇の滞在が記される古い湯で、日本三古湯のひとつに数えられる。ただし三古湯の顔ぶれは典拠によって異なり、有馬以外の二湯は説が分かれる。

Q. 下呂温泉の噴泉池は今も入浴できるのか。

飛騨川の河原にある噴泉池は、かつて無料の露天風呂として開放されていたが、2021年12月から足湯専用になった。湯に浸かるなら温泉街の旅館や日帰り入浴施設を利用する。

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