旅のテーマ

日本三大そばとは

蓋をするまで注がれ続ける一口のそば、水を切らずに馬蹄形へ並べた五束、三段に重ねた丸い漆器。同じそばでも、供された器がそのまま、その土地のそばの名になっている。

日本三大そばは、岩手県盛岡市のわんこそば、長野市戸隠の戸隠そば、島根県出雲市の出雲そばを指す呼び名である。国や自治体が選定した名称ではなく、各地のそば処を数えるうちに広まった俗称で、そば研究の団体である日本蕎麦保存会は2023年、これに江戸そば(東京)と福井そばを加えた「日本五大そば」を挙げている。三か所は東北・信州・山陰に一つずつ散っており、盛岡から出雲までは直線でも約886km離れている。

日本三大そば 一覧(北から南へ)

そば処名 所在地 見どころ
盛岡(わんこそば) 岩手県盛岡市 給仕が一口大のそばを椀へ入れ続け、客が蓋をするまで止まらない。店により七杯から十五杯でかけそば一杯分。刺身やとろろへ薬味を替えながら数を重ねる。冷麺・じゃじゃ麺と並ぶ盛岡三大麺の一つ。
戸隠(戸隠そば) 長野県長野市 殻ごと挽いた粉を一本の麺棒で丸く延ばし、水をほとんど切らずに五、六束を馬蹄形へ並べる「ぼっち盛り」。根曲り竹のざるに海苔はかけず、辛味大根で食べる。奥社へは杉並木の参道が約2km続く。
出雲(出雲そば) 島根県出雲市 殻ごと挽くため麺は黒く、香りが強い。丸い漆器を三段重ねる割子そばは、つゆを器へ直接かけて食べる。ゆで汁ごとよそう釜揚げそばは神在祭の屋台に始まる。出雲大社の門前に店が並ぶ。

日本三大そばと呼ばれる由来

三つを並べる言い方に、選定した主体はいない。文化財の指定でも、団体が年を決めて選んだ賞でもなく、その土地に根づいて、名がそのまま食べ方や器を指すようになったそばを数えるうちに広まった呼称である。だから「いつ決まったか」を示す記録もない。

顔ぶれも固定ではない。日本蕎麦保存会は2023年、三つだけでは惜しいとしてそば好きから推薦を募り、江戸そばと福井そばを加えた「日本五大そば」を選定している。三大そばはこの五つの内側にあるが、逆に言えば、数え方しだいで枠は動くということでもある。

三つに入らない名物そばも各地にある。会津の大内宿で長ねぎを箸の代わりに添えて出すねぎそば(高遠そば)のように、名の通った食べ方はほかにも残っている。三大そばは全国の序列というより、食べ方まで含めて名が立った三つ、と受け取るのがよい。

三つのそばは何が違うのか

名が何を指しているかが、三つで違う。

戸隠そばと出雲そばは、粉と盛り方の名である。どちらもそばの実を殻ごと石臼で挽く「挽きぐるみ」を使うため、麺は黒っぽく、香りが強い。そのうえで戸隠は竹のざるへ束ねて並べ、出雲は漆器を重ねて出す。粉の挽き方が同じでも、器が違えば別の名になった。

わんこそばはこれと軸が違い、製法ではなく供し方の名である。粉の挽き方も打ち方も名の中に入っておらず、指しているのは椀と給仕の所作だけである。産地の名でも製法の名でもないので、「わんこそばとはどんなそばか」と粉のほうから問うと空振りする。

もう一つの線は、そばとつゆが出会う場所にある。出雲の割子はつゆが器の中へ注がれ、盛岡は給仕がつゆにくぐらせたものを椀へ入れる。どちらも客の手に渡る前につゆと合わさっている。対して戸隠はざるのまま出し、辛味大根の薬味とともに客の手元で合わせる。器の形の違いは、この違いにそのまま対応している。

参拝ともてなしが、そばを名物にした

三か所とも、そばが名物になった背景に人の集まる場所がある。

戸隠では、山岳信仰の栄えたこの地に修験者が集まり、その携行食としてそばが入ってきたと伝えられる。当初はそばがきやそば餅の形で、麺として供されるようになるのは後のことである。標高が高く、年平均気温8.8℃、積雪は0.5〜2mという冷涼な土地は、痩せ地でも育つそばに向いていた。いまも夏そばと秋そばの二度、種をまいて収穫する。戸隠神社は五社に分かれ、その門前と参道沿いにそば屋が並ぶ。

出雲へそばが伝わったのは1638年とされる。松本藩の城主だった松平直政が松江藩への国替えを命じられ、松本からそば職人を伴って来たという経緯である。ここでも寒さに強く痩せ地で穫れる作物としてそば栽培が栄えた。出雲大社への奥の院詣りの際に門前町のそば屋へ寄るのが庶民の楽しみとなり、旧暦10月11日から17日の神在祭には屋台のそば屋が立ち並んで、釜揚げそばが食べられた。出雲そばは2022年、文化庁の「100年フード」に、江戸時代以前から続く郷土料理を対象とする伝統部門で認定されている。

盛岡のわんこそばには二つの説がある。花巻説は、南部利直が花巻城で食事をした際、庶民と同じ丼で差し出すのは失礼だとして、椀に一口だけ盛って供したところ気に入った、というもの。盛岡説は、政治家・原敬の母の米寿祝いで「椀コそば」が出されたことに始まる、というものである。どちらの説も、客をもてなす席の話である点は共通している。

めぐり方のヒント

三か所を一度の旅でまとめることはできない。直線距離で盛岡から戸隠まで約425km、戸隠から出雲まで約508km、盛岡から出雲までは約886kmある。東北・信州・山陰それぞれの旅の途中に一つずつ組み込むつもりで考えたほうがよい。

戸隠は長野市の市街から山を上がった先にある。長野駅前からアルピコ交通の戸隠線バスが出ており、1時間あまりで中社に着く。そば屋は中社の周辺と奥社入口の周辺に多い。奥社の参道は約2kmで車両進入禁止のため、随神門から先の杉並木を歩いて往復することになる。食事の前後どちらに歩くかで、一日の組み立てが変わる。

出雲は門前がそのままそば屋の集まる通りになっている。一畑電車なら出雲大社前駅、JRなら出雲市駅から一畑バスで大社前へ入る。参拝と食事を一か所で済ませられるのが強みである。神在祭は旧暦の日付で行われるため、新暦での時期は年ごとに動く。合わせて訪れたい場合は、その年の日程を先に確かめておきたい。

盛岡のわんこそばは、当日の来店順で受ける店と、来店時刻や一日の人数を区切っている店がある。取り扱いは店ごとに違うので、行く店を決めたらその店の案内を確かめておきたい。同じ市内で盛岡冷麺とじゃじゃ麺も食べられるので、麺だけで一日組むこともできる。

そばそのものを目当てにするなら、新そばの出る秋がよい。戸隠の秋そばは10月中旬の収穫である。ただし戸隠は積雪の多い土地で、冬は交通の条件が変わる。冬に訪ねる場合は、バスの運行と店の営業期間を事前に確かめておく。

よくある質問

Q. 日本三大そばの覚え方は。

北から岩手の盛岡(わんこそば)、長野の戸隠、島根の出雲。東北・信州・山陰と地方が一つずつで重ならない。名の指すものも、供し方(わんこ)・盛り方(ぼっち盛り)・器(割子)と一つずつ違うので、地方と名を組にすると並びごと覚えやすい。

Q. わんこそばは何杯で普通のそば一杯分になるのか。

店によって違い、七杯でかけそば一杯とする店から、十五杯で一杯とする店まである。杯数を競う大会も続いており、花巻では1957年から、盛岡では1986年から開催されている。料金は基本的に定額の食べ放題制である。

Q. 「ぼっち盛り」の「ぼっち」とは何か。

一枚のざるに並べるそばの一束を指す言い方で、戸隠そばでは五、六束を開口部のつぶれた馬蹄形に並べる。五束を基本とするのは戸隠神社に祀られる五柱の神に通じるからだといわれる。束に分けるには切れたり折れたりしていないそばが要るため、盛り方そのものが出来のよさを示すことにもなっている。

Q. 割子そばはつゆをどう使うのか。

つけつゆに浸すのではなく、重ねた器の一段目に直接かけ、薬味を上に載せて食べる。食べ終えたら残ったつゆを次の段へ移し、同じように繰り返す。三段重ねが一人前とされる。

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めぐたびのマスコット「めぐのすけ」
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